おはなしの本のはじまりのはじまり

今まで描いてきた細かい絵をまとめて、えほんのイメージ画を描く準備をしています。
今まで描いてきた細かい絵をまとめて、えほんのイメージ画を描く準備をしています。

 

2018年~

いよいよの絵を描き始めなくては。

 

私は、目を開かない。何もないから。何も見ない。

私は、何も見ない。何もないから。

どんなに待っても、もう、何も起きないと思っていた。

 

今日だけは、風の運ぶかすかなにおいや、潮の鳴る音で、いつもとほんの少し違う気がした。がまんできなくなって、薄目を開けて、海の門のむこうのキラキラ光るその先を見た。

ほんの少し開いた隙間から、瞳が焼けるようなまぶしい光が入ってきて、何度もまばたきして、何度も何度も見た。青く、青く、揺れている波間をかきわけるように、影みたいな何かが流れてくる。近づいてくるのが見えた。こばこ洋 2017.8

 

 

絵を描くことを再開してから6年、そろそろ材料も環境も整って、少しずつ作品を形にしようと思っています。

そんな折、30年以上も前に、私の絵を壁画にしてくださった方々が、もう一度、その絵を壁画にしてくださるという、素晴らしいお話をくださいました。その壁画を実際に手描きしてくださった方ともおはなしすることができました。時代が移り変わり、そのまま壁画にすることができるかどうか検討しながら手直しをしました。

 

正直いうと、自分が大昔に描いた絵を模写するという作業は、いいなあって思う人の絵を真似してみることより、はるかに苦しい作業ではありました。「おかしな絵を描いちゃったな。」って思い続けていたからです。

卒業後、パンフレットの別冊作成のご依頼をいただき、初めてパソコンを使用して、企画を形にしたときの絵です。。学生さんたちにアンケートをとったり、話をしてみたり、その当時の若い人たちが、いろんな心のカプセルを抱きしめているのを感じつつそのイメージを絵にしました。壁画にするときは、学生さん方が興味を持って見守ってくださったとのこと。

 

そんなふうに喜んでくださる方たちがいたから、ずっと時間がたってから、もう一度始めてみようと思えたのだと思います。当時の気持ちに戻って、できるだけ同じように再現して何度も描きました。あの頃描いていた絵と、今の私の絵は全く違うものです。きっとこれからも変わっていく。それは自然なことだと思えるようになりました。(2017末 更新)

 

30年以上も前に、壁画にしていただいたイラストの一部改筆復刻版です。2017.12
30年以上も前に、壁画にしていただいたイラストの一部改筆復刻版です。2017.12

 

実は、つい最近にも、もっと大きく作ってみたらよかろってお偉い方に言ってもらった絵があります。そっちも、へただけど、 大きかったら面白いだろうなあと思います。いずれは自分の世界観で超巨大な壁画にしても恥ずかしくないような絵を描きます。夢を見続けることができるのは、何より幸いなこと。

 

まったく話は変わりますが、思えば、恩師は大震災の前に亡くなって、卒業から数十年、全く絵に打ち込むことのなかった私に恩師の先生がくださった言葉は「絵を描くことをやめてはいけませんよ。」でした。私は、専門大学には行っておりませんが、美術の先生方はおられたのですが、その先生は、何年振りにお尋ねしても、ハガキをいただいても、ほんの片言、ひとことだけ、ニコニコしながら「描いてるのか。やめてはいけませんよ。」といい、私は、少しだけイラストの仕事をもらったりしてはいたけど、それを見せても、先生はそれは私の絵だとはおもっていなかったようでした。

「描いてるのか」と尋ねられると、あいかわらず

「なんだか、やっぱり描いてません。でもきっと必ずまた。」と笑って返すまま時間が流れてしまいました。

卒業後は、おかげさまで、印刷会社でイラストを描いたり、その後は、上京して一般企業の広告宣伝で働くこともでき充実していました。その後結婚、育児や夫の転勤で、状況はどんどん変わり、ふつうに毎日無事に終わるのが精いっぱいだと思うようになり、絵の仕事を続けたいという意欲を失いました。他のスキルを生かして働いたり育児することも楽しかったのです。ただ読み聞かせのボランティアに参加したことは、今の私がこのような目標を持つことになったきっかけにもなりました。

 

先生が亡くなったあとに大きな展覧会が記念として行われまして、その中の絶筆の油絵が、小さなキャンバスでしたが、下塗りも済んでこれからまた描きこむ意欲に満ちた絵でしたので、よくよくその絵を眺めているうちに、絵をやめないというのは、こういうことだなあ。と思いました。90年以上生きて、亡くなる数日前までこうして描きたい絵が心に描かれている人生とは、どのくらい豊かなものでしょう。そろそろ私も約束を守ってまた始めてみっか、と思ったのは大震災の前年の夏でした。一緒に観た旧友たちにも、その強い気持ちを話すことはできなくて、心の中で、じっと、必ず形になるものを作れるようになろうと考えていました。

それからまた、いろんなことが重なって、実際に絵を再開することができたのは、震災のあとの初夏の頃です。先延ばしにしていると、とうとうできなかったって後悔するだろうと思いましたが、普段の生活でもやっとでしたから作れるのは夜中ばかりで、没頭できることがうれしくて、毎日できるだけ描きました。今は以前のように早寝早起きに戻ってきたので、いいペースがつかめてきたと思います。

 

(あいかわらずおかしな絵を描いているが、笑われるのを楽しんではいません)おかしな絵でもいいから自分の絵を描いていますかという先生の声が今は大事です。自分の中で本物の大真面目に取り組みたいなあ。とたぶん永遠にそう思っている。ただただ続けているのがうれしいのです。

 

先生は、大きな絵を仕上げる前に、スケッチしてきた小さな絵を、いくつも描いておられました。
先生は、大きな絵を仕上げる前に、スケッチしてきた小さな絵を、いくつも描いておられました。


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