Postman Cheval ~ 夢の実現

これは、おみやげでもらったものたち 旅のおすそ分け
これは、おみやげでもらったものたち 旅のおすそ分け

Why do I began? . . .The beginning of my story...

なんでこんなことをしてますか?。。。私のおはなしのはじまり

 

I also want to live like that. . .

From the encounter with The Story Of "Postman Chevai's Ideal Palace - Hauterives-France".

 

After 10 years,

I went on a journey of France by myself.

(in 2012)

 

自分もそんな風に生きたい。。。

フランスのシュバルさんのおはなしとの出会いから10数年。小さい頃からの夢が夢のままおわってしまうような気がしていたけれど、ふるさと福島が大震災で壊れてしまったことを想い、2011年から絵を描くことをもう一度始めました。

 

他に仕事をしたり、家事の合間に、お話作りを一人でコツコツと続けてきましたが、子供といっしょに読んだ、シュバルさんの城に、どうしても行きたいという気持ちが高まり、2012年にオートリーヴスのシュバルの城にひとり旅しました。

 

シュバルさんが、郵便配達の仕事を全うしながら、この世界を自分の夢として造ったお城は、芸術や建築などの専門的な学問をしていなかった彼が、なんと40年構想で造った、とても不思議な空間です。

 


本格的に旅行となると、いつでも行けるわけではありません。お金や日程、タイミング。

だから、旅行に行けるとなれば、準備でいろいろ想像している時間が楽しいです。

特に、日本のあちこちを歩きまわっていた若い頃は、何もかも自分で計画を立てましたカーフェリーを使ったり、夜間の電車やバスを利用することで、お金の節約と新しい経験ができました。ひたすら歩いて見て歩く旅です。

 

頭の中で街角を歩いたり、飛行機や電車に乗ったりしている、景色までを想像したりします。時刻表を照らして考えるのが大好きです。パズルを解くような感じ。

 

海外にいく となれば、少しだけでも、現地の人たちとコミュニケーションしたいと考えます。英語だってまともじゃないのですが、必要に迫られて本を開いてちょっと勉強します。はじめて、同じ仕事をしていた友人と海外旅行ハワイに出かけたのは、30に手が届く頃のことでした。現地の人たちと、かたことの英語をかわすこ とで、外国語のコミュニケーションがもっとできたら楽しいだろうな、と思いました。

その後、ドイツ語圏を歩くのに少し覚えた、アルファベットや数字の1から10まで、そ れから単語で覚えた市街地施設名や「ビッテ」「ダンケシェン」など、かたことの単語や言葉は、ほんのわずか覚えただけでしたが、市場での買い物や観光局でのお願いに役立ってとてもうれしかったそして,その一つ一つの言葉は、必要に求められて大切に使った言語です。いつまでも忘れないものですね。結局は、 かたことの英語でほとんど済ませてしまうけれど、いくつかの大事な場面では、やはり、現地の言葉がとてもいい思い出をつくってくれます。この時は、フランス語でしたが、ほんのかたこと覚えて行っただけで、暖かい声をかけていただいているのがわかる瞬間があり、それは、とても心温まる出来事でした。2012  秋

フランス オートリーブス 理想宮 2012.11

2012年、偶然いただいた旅行券で、思いきってフランスに一人旅することになりましたが、若い頃の旅行のあと、ずいぶん久しぶりであるし、一人旅ということになると、あーでもない、こーでもないと考えているうちに、半年もかけて準備することになりました。

 

私が一人でフランスに行くことを、賛成し、協力してくれた家族に深い感謝をささげます。しかし、海外を一人というのは初めてなので、躊躇している間に夏が終わってしまいました。何人かの友人といろいろ調べました。調べるのが私よりずっと得意だからです。彼女たちは、とても不思議なことにいくつも気づいて私に教えてくれました。そのお城が出来上がったのが、ちょうど100年前であったこともその一つです。限られた予算の中で、フランスはたった3日間。旅行社の方が、再三の変更やお願いに対して、とても親切に対応してくださったことにも感謝を。

 

シュバルさんは、ある日ふと躓いた石を持って帰ったことをきっかけに、ひたすら集めた石とコンクリートでユニークなお城を築きました。大変な困難と出会いながら、40年かかると思っていた夢を33年で実現、完成させました。世界中の生き物や文化を融合させた不思議な建築です。人間の想像力の豊かさと、モノを造る力のものすごさを感じます。というのも、シュバルさんは一生自分の地元から外に出ることがなかったようです。毎日が歩き続ける旅のような生活だったのでしょうか。テレビもパソコンも、写真ですらほとんどない時代です。本にすら絵が少ない時代でしょう。どうやって、想像していったんだろう。人の想像力は面白いって思いました。

ひとり旅~悪戦苦闘の旅ノート.フランス語ばっかりの電車とバスの乗り換え.現地で電車のチケットを購入しながら解読した時刻表一つ間違えば、そこでUターンもありの旅でした。

 

ひとりの人が思い付きで、他の人がしないようなことを始めるとすれば、その困難は計り知れない。しかし、あきらめたければ、いつでもあきらめられるっていうことは、続けたければ続けられるっていうことでもあるわけで、そのためにたくさんの努力をするのは自分で求めて当たり前のことです。シュバルさんは、どのように実現したのかなど、想像するにあまりある苦労です。その道のプロでもなく、その道の学問を修了した研究者でもなく、してみたいことをするということ。彼がこのために、はじめに用意したのは、小さな木製の手押し車でありました。遠くてながーーい道を、そんなふうに歩くこともできるんだよって教えてくれた。自分の存在意義を自由に表現することができるということも。そのことが許される時代を自らの力で切り開くということも。そして、もっとも大切なのは、現実的に生きてきた生涯もまた誇りであるという真実を認めることのできる自由。

 


全くもって、この時の旅で私が発揮したクソ力というか、衝動を実現してしまったパワーの源というのは、あとあと考えても、いったいどこから生まれたのだろうかと不思議な導きを感じます。

この時の旅程はギリギリで、しかも語学の壁や思いもしないトラブルが次々とやってきて、ほとんどのことは、結局現地の人たちの助けによって可能になりました。

携帯が突然使えなくなったり、電車が止まってしまったり、バス乗り場を探したり、いろいろな人たちに声をかけて助けを求めました。そのたびに、不安で困っている私に対して、できる限りのことをして助けてくれた、一人ひとりの方たちへの感謝は今も一番の思い出として心に残っています。それは、私が実現したい夢そのものにも言えることです。人は、認識するかどうかにかかわらず、多くの人の助けをもらって歩いていることを、道を踏みだすたびに思います。(後記)




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